
半世紀にわたる紀州鉱山の歴史を伝える鉱山トロッコ電車
乗っているだけで、どこか知らない街へ連れて行ってくれる鉄道の旅は、独得の旅情があります。でも、いつでも好きな所へいける便利さでは、車には敵いません。そこで登場するのが、レンタカー。最近は格安のレンタカー業者が増え、小さな町でも手軽に利用できるようになりました。
今回利用するのは、JRのレール&レンタカーきっぷ。駅レンタカーを利用し、一定の条件を満たすと同乗者全員のJR運賃が2割引、特急料金が1割引になるお得な商品です。「同乗者全員が割引になる」のがポイント。うまく使えば、驚くほど安上がりに旅をすることができます。
ある年の夏のこと。夫婦で旅行の計画を立てていたところ、災害の影響で出発2日前に中止となってしまいました。せっかくの夏休みですから、どこかへ出かけたい。そういえば、紀伊半島の三重県熊野市に、以前から行ってみたかった温泉旅館がありました。「ゆこゆこ」を調べると、3日後に空室があります。すぐに予約し、それからプランを練り始めました。しかし、その宿は山深い場所にあり、バスは少なく、ちょうど良い便がありません。
そこで、レール&レンタカーきっぷを使うことにしました。まずは、JR紀勢本線新宮駅の駅レンタカーをネットで予約。予約画面をプリントして駅に持参すると、レール&レンタカーの割引運賃できっぷを購入できます。どんなルートのきっぷを買って、どれだけ得をしたのか、それは後ほどご紹介しましょう。

レール&レンタカーきっぷは国鉄時代からあるJRグループ共通の商品です
2日後、東京駅8時33分発の「ひかり505号」で出発しました。おや、「のぞみ」ではありませんね。実はレール&レンタカーは、「のぞみ」と「みずほ」については特急料金が割引になりません。東海道新幹線なら、「ひかり」を利用するのがポイントです。

今は「ひかり」もすべて最新のN700系になりました。京都鉄道博物館から、東寺五重塔をバックに新幹線を撮影できます
夏の富士山や浜名湖、伊吹山などを眺め、京都駅で下車。初日は、まずは京都鉄道博物館を訪れました。日本で初めて時速300キロ運転を実現した500系新幹線や、昼は座席特急、夜は寝台特急として活躍した「モーレツ特急」583系など、日本の鉄道史を彩った列車たちに出会えます。梅小路蒸気機関車庫に保存されている、ずらりと並んだ蒸気機関車たちも圧巻です。

JR西日本や国鉄で活躍した車両が勢揃いする京都鉄道博物館
大阪のビジネスホテルに一泊し、翌日はJR阪和線で和歌山へ。まずは和歌山電鐵貴志川線に乗車します。
和歌山電鐵は、和歌山駅と貴志駅を結ぶ14.3kmの私鉄です。以前は南海電鉄の路線でしたが、南海の廃止表明を受けて沿線住民が立ち上がり、2006年に和歌山電鐵として独立しました。現在は岡山市電を運営する岡山電気軌道の子会社となり、「いちご電車」や「おもちゃ電車」など、ユニークな電車が走っています。

ひげや耳もついた和歌山電鐵の「たま電車」。デザインを担当したのはJR九州の観光列車でもお馴染みの水戸岡鋭治さんです
780円と、終点まで往復(800円)するだけでお得な1日乗車券を購入し、かわいらしい「いちご電車」に揺られて終点・貴志へ。町あり、田園風景あり、小さな山ありと変化に富んだ車窓風景を楽しめる、約30分の旅です。

数年前に建て替えられた貴志駅舎。今では外国からも多くの観光客が訪れます
古民家のような、あるいは猫の顔のような、ユニークな駅舎がある貴志駅では、「ニタマスーパー駅長」が待っていました。貴志駅は、駅に住み着いたノラ猫が大出世した「たまスーパー駅長」で一躍有名になった駅。たまは2015年に長寿を全うしましたが、今は二代目スーパー駅長の「ニタマ」と、「よんたま」が勤務しています。ガラス張りの「駅長室」で「勤務」しているニタマは、ぐっすりと業務を行っていました。

仕事に励むニタマスーパー駅長。原則として水・木曜を除く毎日、10時から16時まで勤務しています
待合室を改造した「たまカフェ」で冷たいシャーベットを味わい、「たま電車」に乗って戻ります。車体には、走ったり寝転んだりしているたまのイラストが全部で101匹も描かれており、ひとつひとつを見ているだけで、笑顔がこぼれてきます。

車内でも、たまがあちこちでいたずらしているたま電車。今は天国でのびのび遊んでいることでしょう
和歌山駅に戻ったのは13時。ここからは、JR紀勢本線の特急「くろしお11号」で新宮へ向かいます。紀勢本線は、紀伊半島の海岸沿いを丁寧に走り、太平洋の絶景を楽しめる路線。座席は海側となるC・D席がお勧めです。

果てしない太平洋がどこまでも続く紀勢本線の旅(岩代〜南部間)
和歌山駅から約20分の箕島駅を過ぎると、車窓にみかん畑が増えてきます。御坊駅を発車すると海が近づき、白浜駅を過ぎて周参見駅付近からがハイライト。海岸ギリギリまで山が迫る険しい地形を走り、短いトンネルを抜けては太平洋の水際を走る区間が延々と続きます。串本では、大小40余りの岩柱がそそり立つ景勝地・橋杭岩もよく見え、日本でも5本の指に入る絶景路線と言えるでしょう。

車窓からもよく見える、串本の橋杭岩
16時38分、終着・新宮駅に到着。駅レンタカーで、予約してあった軽自動車を借ります。向かった先は、入鹿温泉瀞流荘。切り立った断崖と、コバルトブルーの流れで知られる瀞峡の近くある温泉旅館で、冒頭でお話した「以前から行ってみたかった温泉旅館」です。露天風呂からは北山川を一望でき、美熊野牛陶板焼きや鮎の塩焼きといった料理を味わって静かな夜を楽しみました。

翌日は、あいにくの雨ですが、メインイベントはこれから。宿の裏手にある駐車場へ行ってみましょう。小さなトロッコ列車が待っています。これは、かつての紀州鉱山鉄道。1978年に閉山した紀州鉱山の専用軌道を利用した、「鉱山トロッコ電車」が運行されているのです。

本物を忠実に復元した鉱山トロッコ電車。周辺にはたくさんの鉱山遺構が残っています
紀州鉱山は、北山川と、その南を流れる楊枝川の流域一帯にあった広大な銅山です。閉山後の調査で温泉が湧出し、周辺一帯が観光地として整備されました。鉱山鉄道も、閉山から約10年後に観光鉄道として復活し、今では瀞流荘〜湯ノ口温泉間約1kmを、バッテリー機関車が牽引するトロッコ列車が1日6往復しています。

レトロな雰囲気の車内。現役当時は室内灯すらなくトンネル内では真っ暗だったそう
朝9時55分発の列車に乗ってみました。マッチ箱のように小さい木造の客車は、観光鉄道として復元されたもので、鉱山時代の客車を忠実に再現しています。
プー、とブザーが鳴って、出発進行。列車はガタガタガタ……と細かく揺れながら小さな橋を渡り、トンネルに入ります。ほとんどの区間がトンネルで、中は年間を通じて約15度に保たれています。観光向けの演出もほとんどなく、銅山華やかなりし時代の雰囲気をたっぷりと味わえます。
2つのトンネルを抜け、10分ほどで湯ノ口温泉駅に到着。こちらには瀞流荘とは別施設となる湯元山荘湯ノ口温泉があり、日帰り入浴や自炊が中心の湯治場となっています。熊野の森に囲まれた露天風呂は新しく、温泉入浴と森林浴を一度に楽しめます。汗を流して外に出ると、川原を子鹿が歩いていました。

湯ノ口温泉前で餌をあさっていた子鹿
トロッコ電車で瀞流荘に戻ります。天気が良ければ、瀞峡の観光船に乗ったり、日本の棚田100選に選ばれた丸山の千枚田などを訪れたりするのも良いでしょう。天候や気分に応じて、自由に行動できるのがレンタカーの魅力です。この日は雨が激しくなったこともあり、ゆっくりと新宮駅に向かいました。

北山川と湯ノ口の集落。山の下にはかつてたくさんの鉱山鉄道網がありました
新宮駅からは、今度はJR東海の特急「(ワイドビュー)南紀6号」で一気に名古屋へ。大きな窓と、先頭部の展望席が自慢のキハ85系ディーゼルカーで、運の良いことに2列目の席が取れました。こちらは、尾鷲付近までは熊野灘に沿って走りますが、紀伊長島駅からは荷坂峠越えとなり、隣の梅ケ谷駅まで8.9kmで190mも登るなど、山岳路線の雰囲気も楽しめます。新宮駅前で買ったさんま姿寿司とクラフトビールを味わいながら車窓風景を楽しみ、16時10分、名古屋に到着。駅近くで名物の手羽先を食べて、「ひかり」に乗って2泊3日の旅を終えました。

新宮からはJR東海。非電化区間となり、軽油で動く「(ワイドビュー)南紀」が運行されています

レンタカーを返したので、自由にビールもいただけます。ワイドな窓から車窓風景を楽しみながらいただくクラフトビールは最高です
鉄道博物館、ネコ駅長、絶景路線に鉱山トロッコ電車。ごった煮のような2泊3日の列車旅でしたが、レール&レンタカーはどのくらいお得だったのでしょう。下の表を見てください。乗車券は、同じ駅にぶつかるまでは1枚のきっぷにできるので、東京から京都・大阪・和歌山・新宮を経由して名古屋までと、名古屋から東京までという2枚の連続乗車券になります。運賃は2割引、特急料金は1割引になり、レンタカー料金も免責保険料込みでお得。全体では2人で9,500円も安くなりました。4人グループなら、約1万8,000円も割安になります。レンタカー代は6,580円ですから、車を借りた方が、借りないよりも安上がりになるのです。
これからの季節、どんどん山の緑が美しくなっていきます。鉄道とレンタカーをうまく利用して、お得な旅に出かけてはいかがですか?

※新宮→名古屋間「南紀」は、通常料金は新幹線との乗継割引が適用され、レール&レンタカーよりも割安になります。
(2018年6月8日公開)
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