
熊本〜人吉間を走る「SL人吉」 2018年は3月18日から運行開始

肥薩線矢岳〜真幸間の絶景 えびの高原を一望できます
田園風景を行く、くま川鉄道
九州は、鉄道王国。JR九州をはじめ、九州には車窓風景の良い路線、豪華な列車の走っている路線など、魅力あふれる鉄道がたくさんあります。
たとえば、熊本県の八代駅と、鹿児島県の隼人駅を結ぶJR肥薩線。球磨川に沿って走る八代〜人吉間では、毎年3月から11月まで日本最古の現役蒸気機関車が牽引する「SL人吉」が運行され、人吉〜吉松間なら日本三大車窓のひとつに数えられる矢岳峠からの大パノラマを楽しめます。毎年多くの旅行者が、「SL人吉」の旅を楽しみ、人吉駅からやはり観光列車の「いさぶろう」に乗って、吉松、そして鹿児島を目指しています。
でも、ちょっと待ってください。人吉駅で、すぐに吉松駅方面に乗り換えてしまうのは、あまりにももったいないのです。人吉からは、ぜひ乗っていただきたい魅力的なローカル線が分岐しています。
それは、「くま川鉄道湯前線」。人吉温泉駅と湯前駅を結ぶ全長24.8 kmの路線で、1989(平成元)年10月1日にJR湯前線を引き継いで開業しました。人吉盆地に広がる田園地帯の真ん中を、ひたすらまっすぐ走るローカル線で、球磨川の急流や険しい山越えを楽しめる肥薩線とはまた違った魅力があります。

おしゃれなディーゼルカーが普通列車として走るくま川鉄道。観光列車は土曜・休日に運転され、片道2,500円、往復3,000円
乗車券だけで乗れる観光列車
早速、くま川鉄道の列車に乗ってみましょう。起点の人吉温泉駅は、JR人吉駅に隣接しています。人吉駅では、昔ながらの駅弁を販売していますので、事前に購入しておくと良いでしょう。おすすめは、鮎ずしか、栗めし(各1,100円)です。ホームに降りたところに自動券売機があり、乗り放題となる1日乗車券(1,200円)も販売しています。終点湯前駅までは690円ですから、単純に往復するだけでもお得です。
列車がホームに入ってきました。古びた懐かしい雰囲気の車両が来るのかと思いきや、赤く彩られた、鮮やかなディーゼルカー。車体には音符が描かれ、「DEN-EN SYMPHONY」と書かれています。車内に入ってみると……、木のぬくもりたっぷりのインテリアに、市松模様のソファが並ぶ、高級感ある雰囲気に驚きます。間違えて、特別な列車に乗ってしまったのでしょうか。

木のあたたかさがうれしい田園シンフォニーKT502の車内。地元のおばあちゃんがのんびりしています
実はこの車両、JR九州の「ななつ星in九州」をはじめ、数多くの車両デザインを手がけてきた、水戸岡鋭治氏がデザインを担当したものです。毎週土曜・休日には、観光列車「田園シンフォニー」が1往復運行され、車窓風景の見所で一時停止をしたり、各駅で地元の人々がお出迎えをして手作りお菓子の試食やお土産の購入ができたりと、くま川鉄道の魅力をたっぷり味わうことができます。
今日これから乗るのは、通常の普通列車。なんと、くま川鉄道は保有する5両の車両すべてが「田園シンフォニー」仕様で、どの列車に乗っても、ぜいたくな観光列車の雰囲気を味わえるのです。今日の車両は、KT502(秋)。最前部には小さなお子様が前方の景色を楽しめる「こども展望席」を備え、ショウケースには人吉地方に伝わる伝統玩具や、球磨焼酎のミニボトルなどが展示されています。

登録有形文化財でもある球磨川第四橋梁。人吉は霧の町としても知られ、午前中はよく霧に包まれます。
いよいよ、人吉温泉駅を発車。しばらく町中を走った列車は、やがてJR肥薩線と別れて東へ。2つめの川村駅を発車すると、球磨川第四橋梁で球磨川を渡ります。JR肥薩線から見える球磨川は、狭い谷を流れる渓流ですが、このあたりは田畑の中を悠々と流れる清流の趣。地形が織りなす川の多彩な美しさを楽しめます。

美しい鮎がそのまま入っている、人吉駅の駅弁「鮎ずし」
次の肥後西村駅を出ると、列車は田園地帯へ。運転席の横に立つと、水田の中をどこまでも延びるレールを眺めることができます。そろそろ、人吉駅で買った駅弁をいただきましょう。観光列車仕様なので、各座席には本格的なテーブルが備えられてあり食事も快適です。筆者が乗ったのは昼前の列車。乗客は地元の年配の方が中心で、十数人といったところでしょうか。きれいな観光列車に地元の言葉が飛び交うのは、独特の雰囲気です。朝夕なら高校生の利用も多く、こんなかわいい列車で通学できるなんて、うらやましく思えます。
明治時代から使われてきた「通票閉塞」
全国で唯一「幸福」と名のつくおかどめ幸福駅を過ぎると、あさぎり駅に到着しました。ホームに駅員が立ち、肩から大きな輪のような道具を掛けています。

湯前駅までの通票(スタフ)を受け取った運転士さん。上は授受をしやすくするための輪で、下に鉄製のスタフが入っています
これは、タブレットキャリアという道具です。くま川鉄道は、今や全国でも珍しくなった通票閉塞という運行管理方式を使っています。これは、列車の衝突を防ぐ通行手形。線路の上しか走れない鉄道は、勝手に走ると衝突事故を起こしてしまいます。そこで、一定の区間(閉塞区間)ごとに通票(タブレットまたはスタフ)と呼ばれる通行手形を設定し、これを持っている列車だけがその区間を走れることになっています。
タブレットは、駅に設置された機械から同時に1つしか取り出せず、スタフは本当に1つしかないので、複数の列車が同時に1つの区間に入ってしまう事故を防ぐというわけです。現在ではほとんどの路線が電気回路やコンピューターによる運行管理に変わっており、通票閉塞が現役の路線は全国に数えるほどしかありません。
駅員が持ってきたのは、あさぎり〜湯前間の通票で、運転士が持ってきた人吉温泉〜あさぎり間の通票と交換します。こうして初めて、列車はあさぎり駅から発車できるのです。

のどかな風景を走るくま川鉄道。肥薩線の車窓風景とは全く趣が異なります
列車は再び田園地帯の中をとことこ走り、人吉温泉駅から43分で、終着・湯前駅に到着します。湯前線は、元々ここから西米良村を抜けて宮崎県の日豊本線佐土原駅まで結ばれる計画でしたが、実現することはありませんでした。駅舎は、大正13年に開業した当時の木造駅舎が現役で、国の有形登録文化財に登録されています。

開業以来の駅舎が現役で使われている湯前駅。この駅舎も有形文化財に登録されているなど、くま川鉄道は文化財の宝庫でもあります
美容師出身の異色の社長

鉄道会社の社長になって、鉄道を好きな人々のコミュニケーションにも触れて応援されていることを感じたという永江友二社長
「栗原さん、こんにちは。ようこそ、くま川鉄道へ」
湯前駅には、思わぬ人が待っていました。くま川鉄道社長の、永江友二さんです。永江さんは、元々人吉市内で美容室を営む美容師という、異色の鉄道会社社長です。美容室を営むかたわら、使われていない古民家を飲食店にリノベーションしたり、一度は途絶えたお祭りを復活させたりといった活動が注目され、請われて社長に就任しました。実は、永江社長の学生時代の親友が、筆者の父の飲み友達。へべれけに酔っ払った父から紹介されたという、ユニークなご縁でもあります。
「前社長が体調不良を理由に任期半ばで退任され、地域のため、通学にくま川鉄道を利用する高校生のためとの言葉に、一念発起しお引き受けしました。当社も厳しい状況にありますが、地域には間違いなく必要な存在というところにやりがいを感じます」
栄光のブルートレインに宿泊できる多良木駅

多良木駅前で宿泊施設となっている「ブルートレインたらぎ」。全国からファンが訪れ、今や町のシンボルに

現役当時の姿をできる限り残しているという寝台車。こちらは「ソロ」として親しまれた個室タイプの部屋です
永江さんの案内で湯前駅から引き返し、3つめの多良木駅で降りました。駅からすぐの線路脇に、見覚えのある、ブルーの車体が3両停まっています。懐かしいブルートレイン、14系15形寝台車です。
ここは、「ブルートレインたらぎ」。かつて東京と熊本・鹿児島を結んでいたブルートレイン「はやぶさ」の車両を3両購入し、簡易宿泊施設として運営されています。寝台は一人用個室の「B寝台ソロ」と、二段ベッドが四人分並ぶ「開放型二段式B寝台」の二種類。一人3080円という格安で宿泊できます。中央の車両は思い思いにくつろげる共用スペースで、隣接する日帰り温泉施設「多良木町ふれあい交流センターえびすの湯」も利用できます。くま川鉄道は、のどかなローカル線の旅を満喫した後は、懐かしいブルートレインの一夜を過ごすことができる、特別な鉄道なのです。
ブルートレインたらぎでお茶を飲みながら、永江社長にくま川鉄道の魅力を伺いました。
「やはり、人吉盆地の田園をまっすぐまっすぐ線路が延びるところでしょうか。14駅24.8 kmの中に19か所もの有形文化財があり、その1つである球磨川第四橋梁からは、日本三急流『球磨川』と、11年連続水質日本一に輝いた『川辺川』の合流が見られます。沿線は、文化庁の日本遺産に認定された地域で、魅力的な神社仏閣もたくさんあって、気軽な散策を楽しめますよ」
くま川鉄道の旅を楽しんだら、当地で一泊したいものです。鉄道ファンの方なら、ブルートレインたらぎで一泊しても良いですし、もう少しぜいたくに過ごすなら、人吉温泉がお勧め。筆者は、球磨川に面した「清流山水花 あゆの里」に宿泊しました。5階「蔵の湯殿」と3階「山並みの湯屋」と2つの露天・大浴場があり、時間制で男女が変わります。筆者が宿泊した時には、夕方は湯上がりのビールを無料で飲めるなど、とても行き届いたサービスでのんびり過ごすことができました。
名称清流山水花 あゆの里
所在地 熊本県人吉市九日町30
交通アクセス
JR人吉駅より人吉周遊バス「じゅぐりっと号」で約7分、九日町下車
九州自動車道人吉ICより車で約8分
JR肥薩線とくま川鉄道、そして人吉温泉。人吉は、日本の美しさがいっぱいに詰まったスポットです。
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