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【連載】街道を歩いて旅をする「第6回 信仰と行楽の道・大山街道で江戸庶民の旅を追体験する」

【連載】街道を歩いて旅をする「第6回 信仰と行楽の道・大山街道で江戸庶民の旅を追体験する」

街道歩きが好きだというと、時々登山が好きなのかと聞かれることがありますが、登山と街道歩きは似ているようでちょっと違います。

街道は全国無数にありますが、どの街道にも共通するのは、より早く、より少ない労力でスムーズに移動できるルートが選ばれているということ。山がちな日本ですから山を避けることはできませんが、できるだけ歩きやすい場所を行くので、山頂に行くことはほとんどありません。

が、まれに「山に登る」ことが目的の道があります。

古来から山岳信仰が盛んだった日本。近世に入って世の中が落ち着くと、庶民が「参詣」にかこつけた行楽旅行を楽しむようになり、「講」という組織を作って富士山や御嶽山、出羽三山などの山に出かけました。スムーズな移動そのものが目的ならば極力アップダウンは避けたいところですが、「山の上の神社にお参りする」ことが目的の道では登山を避けることはできません。

通常の街道が通らないはずの、山頂へ至る道。

今回はそんな、信仰や参詣のための道の中で、比較的アクセスしやすく面白味にも富んだ「大山街道」をご紹介します。

江戸庶民の行楽の地、大山

大山(おおやま)は、神奈川県伊勢原市にある標高1,252mの山です。山頂には「大山阿夫利神社」がまつられ、古くから雨乞いの神様として信仰を集めました。

近世になると、江戸庶民の間でこの大山と江の島にあわせて参るツアーが参詣と行楽を兼ねたコースとして人気となり、多くの人が大山詣でに出向くようになります。雨降らしの神様として農民からの信仰も厚かった大山ですが、源頼朝が武運長久を祈って太刀を納めたという話から立身出世を願う人びとも多くこの山に参り、太刀を奉納しました。

次の絵は歌川広重の「東海道五十三次」の内の、藤沢(神奈川県藤沢市)です。絵の真ん中左寄り、橋を渡って左側の岸に差しかかろうとしている人が、人の背丈を超えるほどの大きな太刀を持っているのが分かるでしょうか。当時の浮世絵に描かれた、大山詣りの旅人です。

国立国会図書館デジタルライブラリより

はじまりは「江戸見附」のひとつ、赤坂御門

道のはじまりは、赤坂。国会のある永田町や都内屈指の繁華街六本木にも近い、あの赤坂です。ここは江戸城の外堀沿いで、江戸城と城外を結ぶ「見附」(城内に入る人を監視する門)のひとつである赤坂門がありました。

現在でもその見附(門)の一部であった石垣が残されています。

赤坂見附跡

道はここからほぼ現在の国道246号に沿うルートで都心を出ます。国道246号と言えば、今の青山通り。神宮外苑や青山、表参道、渋谷といった、東京でも指折りのオシャレなスポットを貫く道筋です。

この道を江戸の庶民が、ちょっと遠くの知らない場所への観光を目的として大きな太刀を持って通ったと思うと、なんだか感慨深いものがあります。

大山街道は、渋谷・ハチ公像の脇を通り抜けます

豊川稲荷や神宮外苑のイチョウ並木、青山学院前を通り、渋谷駅へ。道玄坂を上り三軒茶屋。この三軒茶屋は、街道に三軒の茶屋(休憩所)があったことから名のついた地名。キャロットタワーや劇場もあり常に賑わっている街を抜けて、大山を目指して進みます。

三軒茶屋の由来

現在の三軒茶屋界隈の街並み。街道は商店やオフィスの並ぶ大通りを行きます

安土桃山時代から続く「市」の道

世田谷に入ると、次第に高いビルも少なくなり道沿いの風景もちょっと変わってきます。このあたりは、自動車の通行の途切れない国道246号と少し離れて旧道を行きます。

世田谷代官屋敷の前を通る細い道筋は、現在まで続く「世田谷ボロ市」で有名な通り。毎年12月15、16日と明けて1月15、16日に開催される、安土桃山時代頃から続くと言われる由緒あるお祭り(市)です。年末年始の計4日間、ここにたくさんの露店が並んで通りは活況を呈します。近世は歳の瀬に必要なものを調達するための市だったといい、明治時代に入ると現在呼ばれている「ボロ市」の名前のとおり、ボロ布の交換を目的とした市になったとか。

ボロ市の日の大山街道(ボロ市通り)

普段の大山街道(ボロ市通り)

道の端で、大山街道の旅人が一服しています

道は多摩川を渡り、東京を出て神奈川県へ

現在は住宅地、そしてオフィスや商業スポットとしても人気の二子玉川で、大山街道は多摩川を渡ります。「オシャレ」なイメージの街が本当に多いですね、大山街道。

渡った先は神奈川県。大山に向け、道はさらに西へと向かいます。

二子玉川の「二子の渡し」。かつては橋がなく、徒歩や小さな船で多摩川を渡っていました

旧道は、現在の大山街道である国道246号とつかず離れずの距離を保ちながら住宅街を抜けていきます。拡幅された国道の大通りでなく、昔ながらの道幅の旧道区間がたくさん残っているのが、大山街道のいいところ。この道を、昔も人が歩いていた。同じような風景を見ながら。――そんなことを感じられる区間が多く、車を気にせず楽しみながら歩くことができます。

現在の東急田園都市線すずかけ台駅に近い、町田市と横浜市の境には、こんな道も。

「馬の背」と呼ばれる道筋

ここは「馬の背」と呼ばれる道筋。「馬の背」とは他の場所にもある地名(道筋の呼び方)で、両側が谷になっている場所で谷に降りずに尾根筋を選んで進む道のことです。

拡幅され両側にビルが建ち並んだ道ではないから、どんな地形なのか把握することができる。地形や土地の歴史を意識し、昔の人がどうしてこのルートを通ったのかを考えながら歩く旅。そんな旅に、この大山街道は持ってこいと言えると思います。

そして海老名市や厚木市を過ぎ、伊勢原市へ。

本格的な山登り、はじまり。いよいよ大山へ

お土産屋さんや名物の豆腐料理屋さんなどが並ぶ「こま参道」を過ぎ、ケーブルカーが発着する大山ケーブル駅あたりから本格的な山登りとなります。周辺には宿坊がたくさんありますので、ここで一泊して朝から登山というのもいいでしょう。

大山山頂の神社へと向かう道

坂は階段として整備されていますが、段差が大きくかなり急激に登っています

大山は標高1,252mの、本格的な山です。地元では小中学生が遠足で行くと言いますし、いつでも登山客がいるようなメジャーな山ですから、極度に厳しい登山ではありません。

が、短い距離を急激に登る道なので、体調と装備には万全を期して行きたいところ。石段のある区間が多いのですが、その石段の一段一段がけっこう高いのでちょっと大変です。登山靴や登山用のストックなどがあると安心です。

ケーブルカーの終点が、山の中腹にある阿夫利神社下社。店や食事どころもあります。

大山阿夫利神社・下社

そしていよいよ山頂へ。坂道はますます急になります。

こんな道筋ですが、登山に慣れていない方でも無理せずゆっくり登れば大丈夫です

そうして辿りつく、山頂。大山阿夫利神社の本社です。

大山山頂。阿夫利神社の本社が、この街道の終点です

天気が良ければ、山頂付近から富士山を望むこともできます。

山頂近くから見ることのできる富士山

そして野生の鹿が、手の届きそうなくらいの間近を歩いていることも。

鹿がそこら辺を歩いています

頂上の阿夫利神社本社にお参りして、大山街道ゴール。

スタートの都心から約70km。最後の登山は大変ですが、登って街道を踏破したからこそ味わえる感動は、ほかのもっと距離の長い街道にも負けません。何よりも、「山頂にお参りする」という江戸の時代にこの道を歩いた人びとの目的を追体験することができる街道です。

今回ご紹介した道は、実は数ある大山街道のひとつです。大山阿夫利神社は「御師」と呼ばれる先導師の布教活動によって、関東一円はもちろんさらに遠くからも信者を集めました。各地から大山に向かう道があり、多くが「大山街道」「大山道」と呼ばれます。「大山」と名前の付く地名があれば、そこは大山に向かう道筋のひとつが通っていた場所かもしれません。

隣の町への移動のため、物資の輸送のため、行楽の旅のため。街道には様々な目的があり、それぞれに個性があります。どんな人がどんな目的でその道を歩いたのか。そんなことを考えながら歩くのも、街道歩きの楽しみのひとつです。

(2018年7月5日公開)

大山に近い伊勢原周辺の宿情報はこちら

川島 美歩
「散歩かふぇ ちゃらぽこ」オーナー/散歩と旅とコーヒーが大好き。ある日思いつきで東海道を歩き始めたことをきっかけに、街道歩きにハマり、2010年東海道を踏破したイキオイで東京・東高円寺に「散歩と旅」をテーマにした「散歩かふぇ」を開業。以来なかなか遠くへ歩きに行くことが出来ずにいますが、東高円寺の店で街道ウォーカーさん、散歩家さんのお土産話を聞きながら、コーヒーを入れたりカレーを作ったり散歩会のコースやイベントを考えたりしています。休日の散歩は、寄り道したりコーヒーを飲んだり猫を追いかけたりのゆるゆるペースですが、放っておくと20~30kmくらい歩きます。●「散歩かふぇ ちゃらぽこ」( https://charapoko.com/ )