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【歴史を巡る】150周年・明治維新の舞台を巡る(山口編)

【歴史を巡る】150周年・明治維新の舞台を巡る(山口編)

今年は明治維新から150年。多くの維新の志士を輩出した山口県では、平成26年度から観光キャンペーン「やまぐち幕末ISHIN祭」を実施中です。山口県や各市町、民間団体などが150年記念イベントを開催し、日本の近代化に尽くした山口県の偉人にちなむテーマツーリズムを展開するなど、観光分野でも大いに盛り上がっています。

そこで今回は“ここはぜひ行っておくべき!”という山口県内の明治維新ゆかりのスポットをご紹介します!

山口県は大きく、「岩国」「山口」「萩」「下関」の4つのエリアに分けることができますが、明治維新に関する重要なスポットが集中しているのは「山口」「萩」「下関」。その3エリアからさらに重要なスポットを厳選しました。

「山口エリア」〜幕末の激動期の空気を感じる〜

「井上公園」

井上馨の銅像です。

井上馨は、山口市湯田温泉に生まれ、萩の明倫館で勉学に励み長州藩のイギリス留学生(長州ファイブ)に選ばれました。幕末の下関戦争の講和に努力し、明治維新後は大蔵大臣や外務大臣を歴任。

この公園は井上馨の生家があった場所で、幕末の政変で都をおわれた三条実美ら七卿の宿舎にもなっていました。 公園内には井上馨の銅像(写真)や七卿の碑、足湯などもあり、市民や観光客の憩いの場所となっています。

名称井上公園
所在地山口県山口市湯田温泉2丁目
アクセス【電車】JR湯田温泉駅より徒歩約5分、またはJR新山口駅よりバス約20分湯田温泉下車徒歩約3分

【車】中国自動車道小郡ICより車で約15分

「萩往還」(はぎおうかん)

明治維新を語る上で欠かせない萩往還です。

萩往還は毛利氏が慶長9年(1607)に萩城を築城した後、江戸への参勤交代での「御成道(おなりみち)」として開かれました。

山陰と山陽を結ぶ重要な連絡路として、幕末には維新の志士たちもこの道を往来しました。明治維新を語る上では欠かせない重要な道です。山間部には当時の情景を偲ばせる石畳が整備され、街道筋のいたるところに史跡が残っています。

名称萩往還
所在地山口県山口市大字宮野上及び大字上宇野令 地内

「山口市菜香亭」(やまぐちしさいこうてい)

「祇園菜香亭」を移築復元したものです。

明治10年頃の創業から平成8年までの間、広く親しまれてきた料亭「祇園菜香亭」を移築復元したもの。

井上馨や伊藤博文などの維新の志士をはじめとする著名人の扁額28枚とゆかりの所蔵品が展示されています。古い日本料亭の特徴を示す100畳敷の大広間を借り切ったり、そこで歴史の歩みを感じながらケイタリングによる食事をしたりすることも可能です。

名称山口市菜香亭
所在地山口県山口市天花1-2-7
アクセスJR山口駅よりバス約7分野田学園前バス停下車徒歩約2分
URLhttps://www.c-able.ne.jp/~saikou/

「萩」〜日本をかえようとした熱い志を想う〜

「松陰神社」

昭和30年(1955)に完成した吉田松陰を祭神とする神社です。

松陰神社は、幕末の思想家・教育者である吉田松陰を祭神とする神社で、明治40年(1907)松下村塾出身の伊藤博文らによって建立されました。現在の社殿は昭和30年(1955)に完成したもの。

御神体は、松陰の遺言により、終生愛用した赤間硯と父叔兄宛に書いた文書が納められています。松陰の遺墨や遺品類などを展示する「松陰神社宝物殿 至誠館」などがあります。

名称松陰神社
所在地山口県萩市椿東松本1537
アクセス【電車】JR山陰本線東萩駅より徒歩約10分、または萩循環まぁーるバス(東回りコース)松陰神社前下車徒歩約1分

【車】中国自動車道美祢東JCTより車で約40分

URLhttp://shoin-jinja.jp/

「松下村塾」

安政4年から2年半の間、吉田松陰が主催し教育を行っていた私塾です。

吉田松陰が主宰した私塾。松陰はここで安政4年(1857)から2年半の間、身分や階級にとらわれずに門下生を受け入れ教育しました。8畳一室、4畳半一室、3畳二室、土間一坪、中二階付きの木造瓦葺き平屋建ての50㎡ほどの小舎です。

久坂玄端、高杉晋作、伊藤博文、山県有朋など、明治維新の原動力となり、明治新政府に活躍した多くの人材がこの塾から輩出されました。ちなみに塾名は、この地域が松本村と呼ばれていたことが由来です。平成27年(2015)には「明治日本の産業革命遺産」の一つとして世界遺産に登録されました。

名称松下村塾
所在地山口県萩市椿東1537
アクセスJR東萩駅より徒歩約10分(松陰神社より徒歩1分)、または萩循環まぁーるバス(東回りコース)松陰神社前下車徒歩約1分

「萩反射炉」

萩藩の軍事力強化のために導入が試みられ製造された試験炉です。

萩藩は幕末期の黒船来航に対して、兵制の改革と軍備の拡充に努めました。その一環として取り組んだのが反射炉の導入です。鉄製大砲の鋳造に必要な金属溶解炉で、すでに反射炉の操業に成功していた佐賀藩へ藩士を派遣し、反射炉のスケッチのみを許され、このスケッチをもとに設計・築造された試験炉です。

現在残っている遺構は、反射炉の煙突にあたる部分で高さ10.5m、安山岩とレンガを使用しています。反射炉が現存するのは韮山(静岡県)とここ萩の2ヶ所だけで、日本の産業技術史上貴重な遺跡です。

名称萩反射炉
所在地山口県萩市椿東上ノ原(セブンイレブン萩反射炉前店近く)
アクセス JR東萩駅より徒歩約20分、または萩循環まぁーるバス(東回りコース)松陰神社前より徒歩1分

「下関」〜幕末の風雲児・高杉晋作の生涯を辿る〜

「功山寺」(こうざんじ)

功山寺境内にある高杉晋作の像です。

鎌倉時代の唐様(からよう)建築の寺院で、嘉暦2年(1327)に開山されました。昭和28年(1953)には国宝に指定されています。

ここは高杉晋作が奇兵隊を挙兵した寺としても知られ、境内には馬上姿の晋作の銅像もあります(写真)。桜と紅葉の名所でもあります。

名称功山寺
所在地山口県下関市長府川端1丁目2-3
アクセス【電車】JR下関駅よりバス約23分城下町長府下車徒歩約10分

【車】中国自動車道 下関ICより車で約15分

URLhttp://kouzanji.org

「東行庵」(とうぎょうあん)

東行庵

慶応3年(1867)に亡くなった高杉晋作の亡骸が葬られた場所です。「東行」は晋作の号。晋作の愛人おうのは死ぬまでここで晋作を弔ったといいます。高杉晋作の墓は国の史跡に指定されています。

境内一帯は、早春には梅、初夏は菖蒲、秋は紅葉に彩られ見事です。晋作ゆかりの遺品などを収蔵、展示した東行記念館もあります。

名称東行庵
所在地山口県下関市吉田1184
アクセス【電車】JR小月駅よりバス約14分東行庵入口下車徒歩約5分

【車】小月ICより車で約10分

URLhttp://www.tougyouan.jp/

「日和山公園」(ひよりやまこうえん)

高杉晋作の没後90年を記念して設立された像です。

桜の名所として知られる下関市街地近くの公園。大正天皇の即位を記念して建設されました。

関門海峡を見晴らす丘の上には、高杉晋作の没後90年(昭和31年・1956年)を記念して建立された陶像が立っています。

名称日和山公園
所在地山口県下関市丸山町5丁目
アクセス【電車】JR下関駅より徒歩約15分

【車】下関ICより車で約15分

今回ご紹介した以外にも、山口県内には明治維新ゆかりの地があり、ゆかりの人物がいます。1つのエリア、1人の人物を掘り下げて、集中的に巡ってみるのも楽しいでしょう。いずれにせよ、150年前にそこにいたであろう、明治維新の志士たちの熱い想いを想像しながら、歩いてみてください。

なお山口県内の明治維新ゆかりの地や明治維新関連イベントなどの情報は下記を参照ください。

「やまぐち幕末ISHIN祭」オフィシャルサイト

(2018年5月18日公開)

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squidmania
旅行ライター。雑誌やWebなどでグルメ・お酒などを交えた旅行記事を執筆しています。